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2008年5月28日 (水)

いい教師とは

今日、ふと小学生時代のことを思い出したので、ちょっと長いですが、

気が向いたら読んでください。

これは僕が小学校3,4年生のときのお話。

僕の通っていた小学校では、二年に一回のペースでクラス替えがありました。

そして、小学校三年生の始業式の日、

新しいクラスが発表されて、友人たちと、また同じクラスだね~とか別れちゃったね~とか言ったあと、

担任の先生が発表されました。

その先生は、教室に着くなり、

あいさつもそこそこに、こんなことを言い始めました。

「先生はね、音楽が好きなの。だからみんな、合唱やろう!」

生徒たちは、何が何だか意味がわかりません。

「あ、はい・・・」みたいな感じです。

そして、先生はさらに続けました。

「音楽が嫌いな人なんていないでしょ?いたら手を挙げてみて。」

こんな言い方をされたら、小学校三年生としては、手を上げにくいでしょう。

案の定、誰も手を挙げる人はいません。

僕をのぞいて。

僕は音楽の授業が大嫌いでした。だから、この先音楽をやるとか言われるとたまったもんじゃないと思って、勇気を振り絞って手を挙げました。

すると、先生が聞きます。

「なんで嫌いなの?」

「えっと・・・できないから」

「できないんならできるまで練習すればいいじゃない。そうでしょ?」

「・・・はい。」

「そうでしょ?では、他に音楽やりたくないって言う人いる?」

小学校三年生なりの必死の抵抗も虚しく、結局、僕らは先生の言うままに音楽をやることになりました。

これが、地獄の始まりでした。

それからというもの、毎日のように授業をつぶして合唱の練習に没頭させられました。

当然、休み時間なんてありません。朝から晩までずっと合唱の練習です。

今ならば当然、ふざけんなと言って反対しますが、

当時は小学校三年生。

今みたいに教師の不祥事のニュースなどまったくなかった時代です。

先生の言葉は神の言葉でした。

先生がクラスの法でした。

しかも、この先生は言葉巧みにクラスの主力の生徒を自分の信者にすることで、

先生に逆らえば仲間外れになるような環境を作り出しました。

これによって、僕らは先生の悪口も言えなくなったわけです。

まさに今の北朝鮮のような状況でした。

そんな状況に、僕は激しい憤りを感じていました。

しかし、先生に文句も言えない、クラスの友人に先生の悪口も言えない、

かといって、親に相談したらそれは先生に伝わるし、

クラス便りも頻繁に出していて、親はいい先生だと言っているし、

登校拒否もできないし・・・

こんな状況で、それでもなお自由を欲した僕は、

せめてもの抵抗として、

宿題をまったくやらないという行動に出ました。

そして毎日のように先生に怒られました。

その怒り方というのもまた陰湿で、

「こらっ、また宿題をサボッたな!バコッ」

じゃあないんです。これならまだ気が楽です。

その先生の叱り方とは、実に巧妙でした。

普段、その先生は生徒のことを下の名前で呼びます。

田中チキンならチキンって呼ぶのが普通です。

しかし、怒るときには、

「宿題をやってこない子なんて、もう知らない。席に戻っていいよ、田中君。」

って言って授業を再開するんです。

こんなこと言われたら、はいそうですかって言って席に戻れます?

まぁ今なら当然そうしますが、

当時は小学三年生。

そんなに割り切れるもんでもありません。

しかも、それで席に戻ったらクラスで仲間外れになるので、

怒られた人は先生に許しをもらうまでひたすら謝り続けます。

そうすることでそれはほかの生徒への牽制にもなるし、

先生の権威の大きさのアピールにもなる。

こうして、僕らはますます先生の奴隷と化していきました。

授業を潰して音楽の練習をしていますから、

当然、授業は遅れていきます。

それをカバーするために、先生はものすごいスピードで授業を進め、

三時間かけてやるべきところを一時間ですませます。

当然、クラスのテストの点数は他のクラスより低くなりました。

その結果を見せて、先生は言います。

「あなたたちは歌を勉強ができない言い訳にするの?勉強も歌もがんばりなさい、」

それからというもの、テストの成績が悪いと、一日中説教です。

理不尽なことこの上なしです。

また、先生の音楽に対する情熱はさらにエスカレートし、

ふつうは朝8:30までに来ればいいものを、

朝8:00に来て30分間自主練習をしろと言いだしました。

先生の命令ですから誰も逆らえず、

ほとんどの生徒は30分前にきて言われたとおりに練習をしました。

しかし、ぼくはいつもどおりギリギリにいきました。

そして、その日の朝礼の時、

「おはよう。みんな、今日はちゃんと朝30分間練習したわね?してない子はいない?」

「チキン君はギリギリに来ました。」

「あぁそう、田中君。みんながんばって練習しているのに君は来ないのね。もう知らない。」

また一日中ぼくは許しを許しを乞い続けました。

こんな日々が数か月続き、ついに夏休みになりました。

さすがに、夏休みに毎日練習しろとは言われませんでしたが、

宿題がどっさり出されました。

ぼくは、それを、まったく手をつけずに提出しました。

もうこれしか抵抗の方法はなかったんです。

さすがにそのときは先生も大激怒していましたが、

そのころから、不思議なことに、

いわば先生への反逆者である僕に対して、

クラスメイト達がやさしく声をかけてくれるようになりました。

おそらく、口には出さないけど、

みんな先生のやりかたに反対したかったんでしょう。

しかし、それをやるとえらいことになる。

だから、たった一人の反逆者である僕は、彼らの心の支えになっていたわけです。

ぼくは、みんなの見えない期待に後押しされ、結局、4年生が終わるまでほとんど宿題を出さずに、踏み倒しました。

そしてその先生はほかの学校へ移動となりました。

みんな口では先生ありがとうとかさみしいとか言っていましたが、

僕と同じく、

喜びに満ちていたに違いありません。

僕の反逆は成功だったのでしょうか?

ただ一つ言えることは、

この反逆のせいで、

今、漢字がほとんどかけず、計算も遅く、大変苦労しているということです。

はぁ、あの時、あの先生にあたらなけりゃ、

もうちっといい大学行ってたかもなぁ・・・

と思っている今日このごろでした。

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